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【読書メモ】チーム・トポロジーの副読本として「独裁力~ビジネスパーソンのための権力学入門~」を読んだ

はじめに

ご多分に漏れず?FOLIOでも「チーム・トポロジー」の読書会が開催されていたのですが、その中でこんな疑問が上がりました。

"アーキテクト"の実務上の課題は「理想のアーキテクチャおよびチーム・トポロジーが分からない」ではなく、「理想のチーム・トポロジーを実現する政治力がない」なのでは?

理想の組織構造を作るためには経営陣を含めたハイレベルな合意を取る必要があります。 そのような、いわゆる「社内政治」にアプローチする本を探す中でこの本が見つかったので読んでみました。

独裁力 ビジネスパーソンのための権力学入門 (ディスカヴァー・レボリューションズ) | 木谷哲夫 |本 | 通販 - Amazon.co.jp

経営者が組織を強力に動かす「独裁力」を持つことの重要性、そして如何に「独裁力」を構築していくか、について書かれています。

想定読者は経営者ないしは大企業の役員や部長・マネージャーだと思われます。とはいえ、読み物として純粋に面白いことに加え、組織の力学は「えらい人の動かし方」や「How to 昇進」を考える時に参考になるので、読む価値はあると思います。

この本を読んだ読書メモを書きながら、チーム・トポロジーの実現の仕方について考えてみたいと思います。

「支持基盤」と「動員力」

「独裁力」を構成するのは以下の2つです。

  1. 自分の意志を確実に通す「支持基盤」
  2. 決定した内容を組織で遂行する「動員力」

まずは経営者の意志を組織の決定事項とするための「支持基盤」が必要です。一見、これは経営者なら自明に持っている力に思えますが、キーとなる責任者の協力を取り付ける必要があったり、複数の派閥の中でバランスを取る必要があったりと、実際は簡単ではありません。

また、決定した内容を遂行するためには様々なリソースを投入する必要があります。特に、複雑化が進んだ現代では現場レベルで創意工夫を引き出すことが重要なため、現場のメンバーに自発的に参加してもらう必要があります。これは「支持基盤」を作ることとは違う方向の努力が必要です。

「支持基盤は強力だが、動員力が低い」の例として挙げられるのは「独裁国家」です。国家トップの権力は絶大であらゆる意思決定が出来る一方で、対外戦争では存外に弱いというケースが多いのです。これは国内のクーデターを鎮圧するための軍事力しか持っておらず、国家全体を挙げて(=動員して)外国との戦争に臨む体制を作れていないためです。

逆に「支持基盤は弱いが、動員力が高い」の例として「日本企業」が挙げられます。現場のモチベーションが高く既存の仕組みの中で成果を出したりカイゼンを行ったりする一方で、役員間の権力が分散していることで抜本的な改革は行われない、という企業が多く見られます。社会・経済が変化していく中で必要な変化を出来ず、「現場は頑張っているのに業績は上がらない」状態になってしまう危険性があります。

支持基盤の3層構造

支持基盤を強固にしながら動員力を高めるために、組織をコア支持層・コア予備軍・一般メンバーの3つに分けてアプローチします。

以下のような組織の状態を作ることで経営者の「独裁力」を高め、機動的に意思決定し、ダイナミックに組織を動かせるようにすべし、というのが大まかな主張です。

役職 理想状態 必要なこと
コア支持層 取締役・役員 少数・不安定 充分な報酬
コア予備軍 部長・マネージャー 多数・強力 選抜・採用
一般メンバー 一般社員 多数・意欲的 人気・昇進可能性

コア支持層

経営者の意思を直接的に承認するグループです。会社では取締役や役員と呼ばれる人です。

このグループは「少数かつ不安定」にすることが重要です。

「少数」で有る方が良いのは、経営者が直接コミュニケーションおよびコントロールし、下剋上や反乱を抑えるためです。 さらに「不安定」にすることで、時間とともに権力が既得権益化し、経営者がタッチできない独立領域となることを防ぎます。(例として、サイバー・エージェントの「取締役交代制」が挙げられています。)

一方で「不安定」なことを理由に反乱されないよう、充分な報酬で報いることが必要です。アメとムチでコントロールし、経営者の意思を通しやすい権力基盤のコアを作ります。

コア予備軍

コア支持層の1層下で、実務的に一般メンバーを動かすグループです。会社では部長やマネージャーと呼ばれる人です。

このグループは「多数かつ強力」にすることが重要です。多数かつ強力なコア予備軍がいることで、コア支持層は「変わりはいくらでもいる」状態になり、間接的に経営者の支持基盤が強くなります。そういった状況を作るために選抜や育成、あるいは採用をすすめる必要があります。

また、このグループの重要なポイントは「動員力の中心であること」です。ここぞという重要な案件では経営者が直接指揮することが効果的なケースが有ります。

一方で、"クーデター"がこのグループを中心として起こりやすいのも特徴です。例として、軍事的なクーデターは大尉などの「現場の兵力を動かす人」が中心となって起こることを挙げています。*1

一般メンバー

組織の意思決定には強く関与しない、実務を遂行するグループです。いわゆる一般社員です。

このグループは「多数かつ意欲的」にすることが重要です。

先にも触れましたが、あらゆることが複雑化した現代においては、多様な知識や知見を動員する必要があります。意欲的に実務にあたり創意工夫を発揮させるためには、組織や経営者への人気や好感が不可欠です。

加えて、公平な評価・選抜の仕組みが有ることも重要です。「頑張ればコア支持層に昇進できる」という期待が全体に共有されることで、より意欲的に実務にあたる人が増えるからです。

で、チーム・トポロジーの実現に役立つのか?

現場のリーダー〜マネージャーのレイヤーで直接的に役立つテクニックはあまりないのですが、

  • どういう組織の形態や状態が「支持基盤」や「動員力」の観点から望ましいのか
  • それぞれのレイヤーの人が何を考える/考えてもらうべきなのか

を考えるのに良い材料だと思いました。

例えば、チーム・トポロジーのこの図を見てください。

1チームに複数の煩雑もしくは複雑ドメインを割り当てない(チーム・トポロジー Chapter.3より)

組織的に見ると、1チーム8人から4チーム20人になっています*2。 実際にこれを行うには経営レベルでのサポートが必要な、組織的にハイカロリーなオペレーションになることが予想されます。その中で以下のようなことに気をつけると話を進めやすかったり、組織改編後のパフォーマンスが良くなったりするかもしれません。

  • 単一の役員の下でメンバーを増やしすぎない
    • コア支持層は不安定な方が良い
  • マネージャーの採用・選抜を進める
    • コア予備軍は多いほうが良い
  • リーダーというロールの評価・待遇の改善
    • キャリアパス・昇給パスを作る
    • 「コア予備軍の予備軍」を分厚くする

つまり、「組織を作っていく」ための施策を考えたり評価したりする観点として、「支持基盤」や「動員力」という概念は有用なのではないでしょうか。

おわりに

この本の中で「"権力"を乾いた目で見る」というフレーズが印象に残っています。"権力"や"政治"というと鼻をつまみたくなるような感覚がありますが、「何かを推進する意思決定のために必要なもの」としてオープンに捉えることのメリットや重要さを学べたかなと思います。

実務に活かすにはちょっとレイヤの違う話ではありましたが、こういった考え方や知識を知っていること自体は悪いことではなく、上手く利用していくことで会社・プロダクト・チームなどなどのために役に立つという視点を得られたので、トータルとして読んでよかったなと思いました。

*1:企業でもマネージャー以下チームまるごと退職して別会社を立ち上げる、なんてことが....

*2:本文では「8~9人のチームに1~2人を採用してチームを2つに分割する」と書いてあるのでやや大袈裟な図ではあります。